2011年10月06日

沖縄へ旅をして ~在日米軍基地問題 ~

横浜YWCA運営委員 沖田 忠子

鳩山政権が発足して5ヶ月半。このところ普天間基地の移設問題が大きく報道されている。米国は2014年までに普天間基地を辺野古へ移設することと海兵隊8,000人をグアムへ移転することはパッケージであるとし、自民党政権下の合意の履行を要求している。しかし、日米合意は自治体や住民の意思を無視したものであり、日米の司令部の併存、基地の共同使用、相互運用などの軍事一体化により、日本が米軍の世界戦略に組み込まれることになる。鳩山首相は日米合意を無条件に履行は出来ないとして、ゼロベースで5月末までに結論を出すと明言した。
私は日本基督教団神奈川教区の基地・自衛隊問題小委員会の委員を務めている。2月初めに、平和の実現を願い米軍基地の撤去を求める牧師・信徒16名で沖縄へ旅をした。旅の名称は「米軍再編撤回に取り組む旅」。普天間基地は住宅密集地にあり、住民は日常的に騒音被害や墜落の危険にさらされている。2004年に米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学には、今でもその痕跡があった。日本の土地面積の0.6%に過ぎない沖縄に、全米軍基地の75%があることは知っていたが、このたび車で回って改めて基地の多さとその面積の広さに驚くと共に、「こんな異常な県はほかにない」と思った。
1月の名護市長選で、辺野古への移設に反対する稲嶺氏が当選した。選挙結果は名護市民の民意の表れである。基地建設によって、美しい海の生態系を破壊してはいけないと強く思わされた。辺野古で座り込みを続けている人々の、体を張った根気強い闘いを見聞きし、彼らの苦悩と怒りがストレートに伝わってきた。「自分たちは日米両国を動かす問題に関わっている。絶対に辺野古に基地を作らせない。 政府が沖縄と米国のどちらを優先するか目を光らせて見ている」という言葉が心に焼きついた。
昨年は島津藩による琉球侵略から400年、明治政府による琉球処分から130年に当たる節目の年だった。先の戦争で沖縄は本土の「捨て石」にされ、戦後は「太平洋の要石」になった。戦後、本土は憲法9条に守られてきたが、沖縄は朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争と、基地を通じて戦争に加担させられてきた。また、米軍機の騒音、訓練に伴う事故、性暴力や殺人等、沖縄県民の米軍被害は後を絶たない。沖縄は歴史的・社会的・構造的差別を受け続けている。沖縄に行くたびに、本土が沖縄に強いてきた犠牲の大きさを肌で感じ、心が痛む。
神奈川は沖縄に次ぐ第2の基地県である。横須賀海軍施設に海軍司令部、キャンプ座間に陸軍司令部があり、有事の際は海軍・陸軍の司令基地になる。私たちの足もとでも米軍再編による基地機能の強化が着々と進んでいる。キャンプ座間では第1軍団前方司令部の移駐、陸上自衛隊の中央即応集団司令部の配備、相模総合補給廠では米軍と陸上自衛隊が共同訓練を行う戦闘指揮訓練センターの建設、横須賀では原子力空母ジョージ・ワシントンの母港化、厚木基地では空母艦載機の訓練による騒音増加等、住民に被害と不安を与えている。昨秋、対米重視の松沢県知事はワシントンで「普天間の県外・国外への移設は不可能だと思うし、辺野古しか解決策は見出せない」と発言したが、基地県の知事として、沖縄への配慮がなさすぎると思った。
米軍基地は本当に必要なのだろうか? 日本が移転費用と基地建設費用を負担してまで「日米同盟」関係を維持しなければならないのだろうか? 2006年に普天間基地の辺野古移設に合意したのはブッシュ氏と小泉氏である。昨年、米国ではオバマ大統領が誕生し、多国間協調へと転換を行っている。日本でも政権交代が実現した。「核なき世界」を訴えるオバマ大統領と、命を守ることを願い「常時駐留なき安保」を持論とする鳩山首相。今年は日米安保条約が改定されて50周年である。朝日新聞で「安保体制を支えてきた構造を見直さない限り、基地問題の解決はない」という記事を読んだ。今こそ米軍再編や在日米軍基地のあり方を見直し、緊密で対等な日米関係を築く絶好のチャンスだと思う。米国追従に終止符を打ち、本当の意味で日本が独立国になることを願っている。



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Posted by 横浜YWCA at 14:08│Comments(0)平和
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